2010年2月アーカイブ

仙台から直接横浜に入り、11月29日と30日の二日間、横浜みなとみらいホールにて行われた第63回全日本学生音楽コンクール全国大会の審査員を務めました。
演奏に点数を付けるのは本当に難しい。特に、全国大会は全員が好きな曲をそれぞれに選んで演奏するので、同一の課題曲で比較をする時とは違い、曲に相応しい技術と表現力を持っているかどうかで全く違う曲の審査基準をすり合わせねばならないのですが、シベリウスの協奏曲の第1楽章とウィニアフスキの「ファウスト幻想曲」を比べるなどは、想像力をフル回転させても難しい。
でも、演奏において一番大切なことは、聴いた人の心に永く「何か」を残すこと。数日経った今、私の印象に残っているのは、小学校の1位辻彩奈さん、高校の1位大江馨君のお二人です。辻さんはサン=サーンスの序奏とロンド・カプリチオーソを的確なテクニックでセンス良くまとめていましたし、大江君もサン=サーンスのハバネラを伸びやかな音と音色の陰影を持って弾いてくれました。
一日目の審査を終え、何人かの審査員の先生方とエレベーターに乗ると、小学校の部で2位になった福田廉之介君がお母さんと一緒に乗ってきました。彼は小学校4年生の一際小さい身体でチャイコフスキーの協奏曲の第3楽章を生き生きとした喜びを持って演奏してくれました。ヴァイオリンを弾くことが好きでたまらない、という気持ちが伝わってくる演奏でした。エレベーターの中で、彼は「2位 になって悔しい、もう弾くのをやめたい!」と。私は「そんなことでやめたくなっちゃうの?人生は思うようにならないのが普通、今から全て思い通りになって いたら、後でいやな思いをすることになるよ。これからいろんなことがあるはずだから、短気を起こしていたら持たないよ!」などと、狭い空間で思わず人生相 談のブースのような雰囲気になってしまいましたが、「悔しい」と思うことは大事なことです。そういう気持ちを持った子は大きく進歩すると思います。私も小 さい頃は随分悔しいと思う経験をし、乗り越えてきましたが、それらの経験は今になっては私を成長させてくれる貴重な機会だったと思っています。
そうやって苦しみを伴いながらも芸術に真剣に向き合い続けていくと、いつか無我に近い姿勢、芸術の神に対する心からの感謝の気持ちと幸福感が現れてくるのではないでしょうか?32歳 で早世した明治の天才的な彫刻家、萩原碌山の言葉をどこかで読んだことがありますが、それは「何もなさぬうちに逝くこともまた自分の天命として受け入れる 覚悟がある」というような意味の言葉だったように記憶しています。きっと彼の晩年の言葉でしょうが、芸術に対する真摯で純粋な姿勢に、深い共感を覚えまし た。
ここ数年、私もこのような境地になれたらなあ、と思っています。
 
と ころで、音楽を勉強する子供たちに是非心がけていただきたいことがあります。それは室内楽の経験をなるべく小さいうちから多く重ねていくこと。欧米の演奏 家の多くは室内楽を小さいうちから楽しみながら勉強しています。そのことによって音楽の捉え方が多面的になり、ソロを弾くときにも曲の理解が自分のソロ パートだけに留まらないし、音色に対する感覚も豊かになり、表現の幅も広がります。日本ではソロ曲の勉強に重きを置きすぎているのではないでしょうか。音 楽の勉強をしている皆さんにはソロの曲以外の勉強も幅広くしていただくことをお勧めします。

 

11月28日 根源的な音を求めて

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 昨日仙台フィルハーモニー管弦楽団と指揮者の梅田俊明氏と共に、新実徳英氏の新作「ヴァイオリン協奏曲第2番?トルトゥス・ヴィターリス?」を世界初演いたしました。
10月 末に集中して練習を始めてから昨日のコンサートまでの一ヶ月は、正に「作曲家の頭の中で理想の音として存在していたものを、具現化して現実世界に送り出 す」という、演奏家としての大きな責任に対する緊張感と、自分の創造力を総動員して「新しい音」にチャレンジすることが許されることへのワクワクするよう な興奮などが綯い交ぜになって、刺激的で密度の濃い時間を過ごしました。
25日 に仙台に入り、最初のリハーサルで初めてオーケストラが冒頭部分を弾き始めたとき、極度の興奮を感じていたせいでしょうか、何度も頭の中でシミュレーショ ンしていたはずのオーケストラの前奏部分が数秒間全く理解できず、私のソロが入る所に来ても呆然と立ち尽くすという事態に陥ってしまいました。オーケスト ラを止めてもらい、それでも数秒間「アレッ、私の理解していたのと違う・・・?」などとスコアをめくりぼやいていたのですが、数十秒で頭の中がリセットさ れ正常に戻りました。このようなアクシデントが起こったときには、むしろ自分のペースで集中できるようになることが多く、心の中で「よし、これでこの作品 に対する最初のイニシエーションは完了!」と自分に言い聞かせました。それからはリハーサルの回を重ねるごとに、オーケストラの中のそれぞれの楽器の音形 やフレーズの繋がりが、音の流れの中で段々に聴き取れるようになり、それに伴って作品に対する自分の音楽的姿勢もクリアになっていきました。
聴 衆の大きな拍手と共にコンサートが終わり、何人かの方から直接に「あなたのこの曲に対する共感が強く伝わってきて、この音楽に深く引き込まれた。」と言わ れた時にはとても嬉しく、また新実徳英氏ご自身が「とても感動した」とおっしゃってくださった時には、大役を果たせたことに心からほっとして幸福に感じま した。
 
上の写真はコンサート後の打ち上げ会で、新実氏、梅田氏と撮ったスナップです。新実氏だけフォーカスが少しぶれているので、11月20日 のブログに書いた「世界初演づくし」のコンサートにおいて、西村朗氏がステージで語ったエピソード的ジョークを思い出しました。音楽における「ゆらぎ」を 大切にしていると語る伊藤氏に対して「それは新実さんや池辺さんが酔っ払ってユラユラしているような「揺らぎ」と同じようなことでしょうか??」 この写 真を撮った時も、新実先生は美味しい日本酒を楽しんでいらっしゃいましたから、少々「揺らい」でいたのかも:?)
 
リハーサルからコンサートまでの数日間、新実先生には音楽について数々の興味深いお話を聞かせていただきましたが、その中で最も強く私の心に残ったのは次のような言葉です。「僕は自分の音楽に革新的な音を特に求めていない、根源的な音を求めている。」
この言葉は正に音楽の本質的な力を語っているのではないでしょうか。
私達の中に眠っている根源的な力=エネルギーを呼び起こさせるものとしての「音楽」。
 
今回の協奏曲では、第1楽章は「意識界」、第2楽章は「無意識界」、第3楽章は「無我」に通じていると新実氏はプログラムノートに書いています。第2楽 章で、オーケストラとヴァイオリンの独奏が螺旋を描くように無意識界を上昇したり下降したりしますが、ある地点に到達すると管楽器群の低いC#音の繰り返 しと共に、まるでチベット仏教で吹かれるホルンさながらに大地を揺るがすような低音の強いエネルギーを送り始める。この瞬間、私はとてつもなく大きなエネ ルギー的根源と一体になったような感覚に捉えられ、私の意識が肉体を突き抜けて宇宙的な力と合体するような気持ちになりました。この感覚は、250年 以上前の偉大なJ.S.バッハの作品からも強く受けるもので、例えばヴァイオリン独奏で壮大な宇宙的空間を構築するかのような「シャコンヌ」もそうです し、また今年の春に「ゴールドベルク変奏曲」の弦楽トリオ版を演奏したときにも同じような感覚に何度もとらわれました。「神」という至高の存在の現す宇宙 的な真理を音楽で表現しようと考えたバッハと、新実先生の求めている「根源的な音」とは、音響的な手段は同じではなくても、意識のレベルでは共通のものを 語っているのではないでしょうか?
ところで、第2楽章で大変な苦労をした「9度」音程は、コンサートホールでオーケストラの響きとブレンドすると不思議なほど美しかったことを、皆様にご報告しておきます。ユニバーサルな意識を深く内包する新しい名曲として、これから世界的に多くの演奏会で取り上げられることを願っています。

11月20日 世界初演づくし

一週間後の27日、仙台で世界初演することになっている新実徳英氏のヴァイオリン協奏曲第2番。紙に書かれた音譜が音として姿を現し、「音楽」として自分なりの意味と形が形成される段階に何とか到達、今日は新実氏に実際に演奏を聴いてアドヴァイスをしていただきました。
10月 の末から譜面を勉強し始めたときは、とにかく音を正確に取ること=左手のフィンガリングを試行錯誤しながら決定していくことから始まり、オーケストラのス コアに色鉛筆で留意すべき場所に印を付け、ただの黒い音符の列に見えていたものが、感情を伴い意味を持ったものとして自分自身に体感されるところまで持っ ていく。これは俳優が役作りをする心境に似ているのかもしれません。作品に自身を重ね合わせ、「共感」を創り出していく、という意味で。
この協奏曲では、特に第2楽章において「9度」という音程が重要な意味を持って演奏されます。特にソロの冒頭は、「9度」のままの移行で高い音域まで上り詰め、そこから一気にそのままの音程で下降していくというパッセージがあります。これは正直に言って、最初はかなり練習するのに苦労しました。というのは、「9度」 というのはオクターヴからもう一音外に広げた音程で、いわゆる不協音程ですから、二つの音の波が協和せずぶつかり合って強い振動を引き起こし、演奏してい る私の身体にビリビリと伝わってくるのです。私の耳と身体がこれに慣れるまでにはかなりの時間が掛かりましたが、御心配はいりません。聴いている方は大丈 夫。それにしても、「音」=エネルギー、これは身を持って実感しました!
 
打 ち合わせの後、世界初演作品ばかりのコンサートに招待していただきました。全音楽譜出版社主催の「四人組とその仲間たち、室内楽コンサート<打楽器の饗 宴>」。池辺晋一郎氏、新実徳英氏、西村朗氏、金子仁美氏、そして伊藤弘之氏の世界初演作品。特に新実、西村両氏の独奏マリンバのための作品群は、私自身 も来年初めてマリンバという楽器と共演する予定が入っていますから、とても興味を持って聴かせていただきました。演奏された吉原すみれさんのマリンバの音 は深く重厚で、色彩感もくっきりと美しく、素晴らしかったと思います。ヴァイオリンとマリンバの音がどのようにブレンドできるかは未知数ですが、この新た な挑戦が少し楽しみになってきました。
 
コ ンサート後のレセプションでは、私の教えている国際教養大学に何度か講義に来ていただいている西村朗氏、先日のブログにエピソードを書かせていただいた佐 藤聰明氏、そしてアメリカ留学したばかりの時に随分お世話になった猿谷紀朗氏、そして相変わらず親父ギャグ(?)全開の池辺晋一郎氏などと久しぶりにお話 することができて、とても楽しい時間があっという間に過ぎてしまいました。

10月30日 収穫の秋

20091006 013.jpg台北から帰って、数日身体を休めてから先週末に秋田へ飛び、一日掛けて畑の収穫をしました。今年は期待していた秋茄子が余り成功せず、その代わりにイモ類が 大変な豊作でした。ジャガイモは夏に沢山収穫しましたが、今回は里芋、サツマイモ、その他にブロッコリー、ほうれん草、長ネギ、大根、ピーマン、唐辛子、 ミントやカモミール、イタリアン・パセリなどを収穫し、私達のコーチ役をしてくださっている伊藤さんからもキャベツや白菜、蕪をいただき、それらを大きな ダンボール2箱に詰めて、東京の自宅に宅配しました。
伊藤コーチ、農園の仲間で同僚の日本語の阿部先生とビジネス科のニシカワ先生も加わって、一緒に芋掘り。茎を引っ張りながら、地下からどんな芋が出てくるか、皆で子供のようにワクワクしながら作業しました。私も久しぶりに、土に触れる楽しみを味わいました。
残念だったのは、紅葉の美しい秋田の山に今回は登る時間がなかったこと。悔しいので、去年秋に栗駒で撮った写真を載せます。
 
kurikoma 004.jpg日曜に東京に戻ってからは、11月27日に世界初演する新実徳英氏の新作ヴァイオリン協奏曲の練習に本格的に取り掛かり、また届いた野菜を調理するのに必死 の毎日です。ほうれん草やブロッコリーは、直ぐに茹でていただきましたが、やはり採れたては美味しい!普段スーパーマーケットで買っているものと味わいが まるで違います。唐辛子は刻んで、やはり畑から持ち帰ってきた大量の紫蘇の実と一緒に瓶に詰め、それに麹を入れて醤油をヒタヒタに口まで注ぎ、そのまま 一ヶ月冷暗所に置くと、美味しいスパイスが出来上がります。鍋やご飯のおかずに最適の調味料です。

10月28日 音と映像

先 日、公開したばかりの「沈まぬ太陽」を見てきました。主演の渡辺謙氏には、今年の6月テレビで偶然に見た刑事の演技で感銘を受け(若い俳優、荻原さんの犯 人役の鬼気迫る演技にも感動!)、「彼の肝煎りの作品なら是非見よう」と思い、いつもは巷の良い評判を確認してから映画を見に行くのですが、今回はそれを 待たずに行きました。
正 直な感想は、大作「レッドクリフ(赤壁)」の時と同じ。有名な俳優は沢山出ているけれど、作品としてのメッセージがいまひとつ伝わってこないのです。原作 は残念ながらまだ読んだことは無いのですが、きっと文字で読むほうが感動するのではないかと感じました。作品を創造するときに、何を表現媒体の中心に据え るのか―文字なのか、映像なのか、音なのか―によって、同じストーリーを基にしていても内容の抽出の仕方が変わってくるはずです。今度の映画は(読んでい ないので想像ですが)もしかしたら原作に呑まれてしまったのかもしれないな、と。主人公の心の葛藤に内容を絞り、説明的なストーリーラインはもっと簡略に して、最後のアフリカの広大な大地に帰依する主人公の感情に心から共感させるやり方もあったのではないか。
 
この映画を見ていて、日本を代表する作曲家の一人、佐藤聰明氏が、音と映像の関係についてお話されていたことを思い出しました。
  佐藤氏には6月に国際教養大学(AIU)で3日間、日本の伝統音楽や映像音楽についてレクチャーしていただきました。私の音楽のクラスと、ドン・ニルソン 教授の哲学のクラスと合同で招聘しましたので、内容は音楽から哲学まで多岐に渡りましたが、私にとって最も印象深かったのは「映画における音楽」について の講義でした。
 教材に選ばれた映画は2本、Ron Fricke の"Baraka(「バラカ」)"と、小林正樹の「怪談"Kwaidan"(1965)」。「バラカ」は "A World Beyond Words" とサブタイトルに書かれているように、全く言葉が使われず、音楽(佐藤氏の音楽も一部使われている)と映像だけで成り立っています。映像はとても美しく、世界中の精神的に神聖な場所が鮮明なカラーでスクリーンに次々と映し出され、音楽がそれを伴奏する。
全編を見終わって照明が点いた時、学生の一部からはフゥーっと溜め息が聞こえたようでしたが、佐藤氏が最初に放った言葉は衝撃的でした。
「音楽はいらない。」(私はこの言葉に思わず一人だけで拍手を送りました!)
「映像そのものが伝えるメッセージをもっと大切にし、音楽に頼ってごまかすようなことをすべきではない。」
  正にその通りです。音楽にはその音の並びや和声などにより、心に一定の感情を喚起する力があり、映像に間違った音楽を付けると、映像の運んでくる意味合い が全く違ったものになってしまう。「バラカ」におけるインドのガンジス川火葬の場面でも、音楽が余りにも神々しい印象を演出し、映像と不釣合いだったよう に記憶していますし、それぞれの場面を自分の感情に正直に受け入れることを音楽によって阻まれている思いが強く残りました。ですから、映像で観客にメッ セージを伝え、それぞれに考えてもらいたいのなら、音楽が感情を一定の方向に誘導してしまわないように極力気を付けなければいけないのです。音楽家は 「音」の持つこの「魔力」を知っていますから、日常の生活でも悪戯に音楽を聴くことを好みません。今日の社会では、音楽が安易に、無神経に使われすぎてい るのではないでしょうか。そして音の力に対しても、無感動になっているのではないか。
 
今 回の「沈まぬ太陽」でも、音楽の使い方が気になりました。映像が伝えてくる感情を観客が認識する前に、音楽によって一定の感じ方を強く示唆され、押し付け られてしまうので、心からの感動ができません。(これはパターンが決まっている時代劇シリーズや低予算のテレビ用ドラマなどでよくみられるやり方ですが、 こういう安易なマナリズムに頼るのはいかがなものか・・)
  ちなみに、佐藤氏が選んだもう一つの映画「怪談」では、武満徹氏が音楽を担当され、音楽と映像の融合が素晴らしいことで映画史上に永遠に残る名作です。佐 藤氏は、その中の「耳なし芳一」で、琵琶の語り(故鶴田錦史女子)が入った壇ノ浦の合戦の場面を取り出してレクチャーしてくださいました。琵琶の弾き語り の心を打つ深い響きと、映像の悲劇的な場面が絶妙に絡み合い、心に強く迫ってきます。
鶴田錦史さんは、琵琶という楽器の魅力を世界に知らしめた方として有名です。皆さんも是非ご覧になってみてください。

10月21日 私の東北「考」

台北から18日に帰ってきました。
12日の行きの飛行機の中で浅田次郎氏の機内誌エッセイを読んで考え始めた私の「東北」考、周りの意見を聞いたりしながら色々考えをめぐらせ、自分なりの結論が何とかまとまりました。
 
まず浅田氏のエッセイの内容を掻い摘んで書かなければ、皆様に話が通じませんね。
内 容は幾つかのエピソードで構成されています。温泉が大好きな浅田さんが、雑誌の取材のために上州のある温泉をカメラマンと編集者と3人で訪ね、共同浴場で お湯に足を入れた途端、3人続けざまにコケ、一人は腕を折ってしまったことが後で判明するほどのハデさで転んでしまった。それを見ていた地元の男性は、 「お騒がせして、すんません」と詫びる浅田さん一行の怪我をいたわるどころか、怪訝な顔をした上、後で追い討ちをかけるように更なる叱責を浴びせた、と か。第2のエピソード、これは東北が舞台です。東北のある温泉に、ふと立ち寄ろうと思い立ち、新幹線から温泉の観光協会に電話をかけて宿の手配を頼む。電 話に応対に出た男性は、「ちょっと待ってくださいよ」と答え、電話をほっぽらかしたまましばらく談笑らしき音声。しばらくして、やっと「何名様ですか」と 訊くので、一人と告げると「そりゃダメです、話にもなりません」と言う台詞と共に一方的に電話が切れた。(=相手が電話を切った)
 
私 も2004年から秋田の国際教養大学(AIU)で集中講義を行うようになり、秋田を筆頭に東北とも随分ご縁が深くなりました。授業を持っている期間は、秋 田の温泉や名所にもなるべく時間を見つけて行くようにしていますし、時には岩手や青森、山形や宮城にも足をのばします。そんな機会に、浅田さんの今回の経 験談ほど酷くはないけれど、結構ビックリするような応対を受けたことが何度かありました。
例えば、秋田市内 の大きな映画館からの帰り道、エレベーターに乗り合わせた子供連れの男性に出口への道順を尋ねたところ、完全に黙殺されてしまったこと。有名な温泉旅館の 迎車に乗って、運転手さんに眼前に広がる美しい田沢湖の水深を尋ねると「ここの出身ではないので、知りません」の一言で撃沈され、それでも食い下がって 「ご出身は?」と聞くと、すぐ隣の村だった!
こ の他にも、有名な旅館に五月の連休中宿泊し、「この辺りで今新緑の美しいところはありませんか」と尋ねると、「よく知りません」との返答を頂いたこと も!? 先日などはこの同じ旅館に電話して、「来週の土曜日空いているお部屋はありますか?」と尋ねると、「17日ですね?」と、既に過ぎてしまっている 土曜日についての返答が来て、度肝を抜かれたことも。 有名な旅館でさえこのような応対をするのですから、時間を大切にしたい旅行者はそれこそ現地の人の サービス精神に期待して行き当たりばったり、というスタイルは避けたほうが無難かもしれませんね。そうやって地元の人の情報で気ままな旅をするのも楽しい はずですが・・。 
こ のような経験を並べたて、秋田県人は宣伝が下手でサービスに対する意識も低いと結論するのは容易ですが、実はそんな単純な現象ではないのです。というのは 一方で、東京やニューヨークなどでは絶対にありえない心からの親切を、利害に関係なく示してくださる秋田の方に会った経験も、また沢山あるのですから。
例 えば、私達AIUの教員の畑を完全なボランティアで快く手伝ってくださる伊藤さんを始めとした椿台スーパー農園の方々。私達の作付けに不備があると、こち らが気づかないうちに直しておいてくださいます。他にも、「天然の真鯛だったら興味があるからいつでも持ってきたら下ろしてあげる」と言って、大きな真鯛 2匹を本当に無償で刺身にしてくれた上に、鯛の残りでサービスのスープまで作ってくださるスーパー親切なお寿司屋さんもいらっしゃいます。
どうして、こんなにも真逆の性格が同じ土地の人々の中に混在しているのか、不思議でなりません。
 
と、ここまで書いて台北から東京に戻ってきました。
成 田空港で入国するまでに、短いエスカレーターがあり、年に4,5回乗る「東京⇔NY便」のときは、乗客は到着時にはエスカレーターなど効率よく団子状態で 2列になって乗ります。今度も荷物は多いし、右側の列に押されるように乗ってそのまま立ちました。(エスカレーターは荷物を持って2列の場合、歩いて上る には十分なスペースがないため横の人を引っ掛けてしまう恐れもあり危険です。それに、10秒も掛からないエスカレーターなのだから、慌てることも無いで しょう?)ところが、私の後ろの妙齢(=60代後半?)の男性が無言のままグイグイと激しく押してくるのです。振り返ると、顎で先へ進めと指示してくる。 頭にきたので「(英語で)押さないでください、荷物が多くて十分なスペースがありませんから」というと、「(日本語で)チェッ、分かったようなこと言いや がって!」と悪態をついてきました。その後、到着ロビー行きのモノレールに乗るのに、いずれにしても5分は待たされましたから、何のために急いでいたので しょうね? その男性には、お生憎さまです。
 
こ のことがあって、今までの自分の思い込みに気がつきました。浅田次郎さんの第2のエピソードは何も東北だから起こったことと考えるべきではない。私は近年 東北とご縁が深くなって、「サービス」の面などで時に不満が溜まってきていたので、思わず東北というカテゴリーに限って考えてしまったけれど、これを「コ ミュニケーション」というレベルに広げてみると、色々な土地で自分と考え方の違う人間の間でこういうミス・コミュニケーションが起こっているのだ、と。
コ ミュニケーションは、同じ価値観を共有する人間の間では比較的簡単かもしれません。でも、大抵の社会では、自分と違う考え方や要求を持っている人がいると いうことが分かっていないと、ちぐはぐなコミュニケーションしか出来ませんね。そのような人間関係の経験が豊富か否かで、コミュニケーションのスキルにも 差が出てくるのではないか?
秋田のAIUの職員が函館に行って、タクシーの運転手から不愉快な思いをさせられた、という話も聞きました。その女性は「多分その運転手さんは接客ということに慣れていなかったのでしょう」という冷静な意見でした。その見方が正しいのかも知れません。
都会の多様性や便利さに慣れていると、求めた情報は直ぐに与えられると思ってしまいますが、だからといって都会が必ずしも魅力的とはいえません。
田沢湖の水深に無関心だった運転手さんも、新緑情報を与えてくれなかった旅館のフロント係も、外から来る客にはそういう情報に価値があるということを一度は経験された訳ですから、次からはきっと答えてくださることを期待します。
 
いずれにしても、結論として、秋田が私にとって奥深い魅力的な土地であり、またそこに住む人々が好きであることに変わりはありません。
 

10月13日 台北にて

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10月7日に使った「巻物」楽譜の現物写真をお届けします。

 7日のコンサートは心配した台風18号の影響も余り受けず、共演した台北の友人も無事に翌日の飛行機で「巻物」を持って帰国しました。11日には松本「鈴木慎一記念館」でのリサイタル、そしてそのまま成田に一泊して昨日から台北に滞在しています。

 松本へは3連休初日の移動でしたから、朝の「あずさ号」は超満員、翌日の帰りの列車もリュックを背負った登山客でかなり混み合っていました。昨日の成田→台北間は、3連休の最終日だったためか混雑もなく、4時間程のフライトはストレス・フリーの快適な移動になりました。

  機内では、映画や新聞を適当に梯子しながら、JALの機内誌に連載中の浅田次郎氏のエッセイも拝読。シンプルなストーリーにもかかわらず、最後まで緊張感 を持続させるテクニックは、いつものことながらお見事!エッセイの内容も東北に関する話題を含んだものでしたので、近年秋田を筆頭に東北とご縁が深くなっ ている私としても、自分の経験と照らし合わせながら色々と考えを巡らせているところです。このことについては、次回に詳しく書くつもりです。

10月6日 「続ける」こと

数日前に佐藤勝夫先生の指導50周年のお祝いコンサートに参加させていただきました。コンサート後のパーティーで老若男女に囲まれた佐藤先生は、ポジティブで幸せなオーラを放っていらっしゃいました。

 50 年=半世紀の間には、社会の色々なシステムも変化し、人々の好みも変わり、その中で自身のモチベーションを変わらず保ち続け、それに向かって努力を続け、 且つその努力に周りが報いてくれて、その上健康にも恵まれ、と色々考えていくと、気が遠くなります。どんな分野でも続けていくことで見えてくる「真実」が あると思いますが、それは誰にでも得られるものではありません。87歳まで弾き続けた巨匠ミルステインも、あるDVDで「自分は進化し続けるという才能を 神から与えられた」と語っています。私の師事したフックス先生も、90代になっても毎朝2時間の練習は欠かさず、終わると私に電話を掛けてきて「今日の新 しい発見」について滔々と報告(=自慢)してくれました。

 パールマンも"The Art of Violin"の中で、「40代まで弾き続けるのは奇跡に近い、その歳までにいろんな事が起こって弾けない状況になりうる可能性は高い」というような内容 のことを言っています。私もこれまで弾き続けて来られたことを感謝し、これからも自分なりに進化し続ける努力をしたいと思っています。
 
 先 日朝青龍が優勝しました。私は大相撲の熱心なファンではありませんが、気が向いた時にテレビで観戦しています。肉体が資本のスポーツ選手は、活躍できる期 間は限られますが、それにしても数々の批判にもめげず、いざという時に自分の力を100%発揮できる朝青龍の肉体と精神力はすばらしいと思います。「練習 不足だ!」という批判があっても優勝できるのだから、間違いなく超一流の能力を持った勝負師ですね。

 一度犯したミスは直ぐに修正できる 肉体の瞬発力と集中力は、音楽家としても関心を持つところ。でも、反対にそれが彼の相撲に対するモチベーションを保つこと への障害になっているのかも知れないと感じます。最大限の努力をしなくても優勝できてしまう並外れた才能、そして彼に匹敵する才能を持ち少しの油断も許さ ないライバルの不在、このことが彼の才能が最大の進化を遂げることを阻んでいるのではないか、と。

 いずれにせよ、色々な条件が重なって 才能は伸ばされるものなのかも知れませんが、またイチローのように弛まぬ自身の探究心によって、どのような状況も乗り越 え偉大な才能として花開くケースもあります。でもこの「探究心」は、先ほどミルステインが語ったように、究極の「神からの贈り物」なのかもしれません。才 能があり、神から探究心を贈られた者が真の「天才」なのかも。

10月5日 譜めくりの問題

 只今千葉に宿泊中、明後日のコンサートのために今日からリハーサルを行っています。天気予報では大型台風18号が明後日本州に上陸するとのこと、かなり心配です。

  非公開のコンサートなので一般の皆様には聴いていただけませんが、2台のヴァイオリンのための曲を中心にした珍しいプログラムを組んでみました。中でもコ ンサートの最後を飾るイザイの「2台のヴァイオリンのためのソナタ」は、17日の台北の演奏会でも演目に上がっていますので、その時に共演する長年の友人 でもあり先輩でもある台湾のヴァイオリニスト、Tracy Janis Tuさんには今回のために来日していただいています。

 さて、イ ザイで一つ困っていたのは、全楽章を通して譜めくり出来る長めの休止がどちらのヴァイオリン・パートにも存在しないこと。これは大問題です!(プロコフィ エフの「2台のヴァイオリンのためのソナタ」でも、どこでめくるかが問題になりますが、それでも大抵の作品は必ず譜めくりできるスポットが見つかりま す。)

 一時間ほど二人で色々思案した挙句、譜面台を4つ並べて曲の進行と共に私達が左から右へ移動していくことに決定。それにしても、 譜面台に譜面をきちんと並べる作業だけでも、大変です。例えば、第3楽章はA3サイズのページがトータルで6枚にもなりますから、それをきちんと並べた上 に今度は第2楽章を重ねて並べ、またその上に第1楽章の7,5枚 をきちんと並べておかなければなりません。そしてそれぞれの楽章が終わる度に、弾き終わった楽章の譜面を脇に除けて、次を弾き始める。ここで譜面の順番を 間違えて並べたり、どこかで重なってしまって見えなかったりしたら大変ですから、これは思ったよりも複雑で面倒な作業です。時間も掛かってしまうし、どう する・・・?

 こ こで、主催者である駒井鉄工の方が助け舟を出してくださいました。何と、巻物のように長いコピーが出来るとのこと。設計図などで駒井鉄工さんと取引してい るコピーの専門家に、譜面の「巻物コピー(!?)」をお願いできることになりました。これなら、並べ間違いや、途中で重なってしまうというアクシデントも 起きませんし、終わった楽章は床に丸めて置けば大丈夫ですから、問題解決です!
明日の午後には出来上がってくる予定、楽しみです。

9月28日 家族紹介

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今 朝早く、両親と犬のQooが家に遊びに来ています。Qooは来月で満2歳になるメスのトイプードル、2007年のクリスマスに私から母にプレゼントしまし た。普段は両親と共に伊豆に暮らしているので、数ヶ月に一度位の頻度でしか会えません。普段は「クーちゃん」と呼んでいますが、登録している正式な名前は Qoo Xie(クー・シエ)。Xieは漢字で「獬」、善悪を見分ける中国の伝説上の動物で、強く雄々しい様を表わす字です。浅田次郎さんの同名の短編を読んだと きに「これにしよう」と決めました。

Xieちゃんはその名の通り、しっかりと両親と私の間に入って仲裁役を務めてくれます。それに活発で勇猛な気質で(名は体を表す!)、クーちゃんに会った人は必ず「オス」だと思い込んでしまいます。これも人間社会の「刷り込み」現象の一つですね:?) 

上 の写真は生後7ヶ月の頃の写真ですが、丁度この頃からクーはとても変わったコミュニケーションの仕方をするようになりました。久しぶりに会えて嬉しいとき や、沢山遊んでもらってハッピーな時にも、猫のように激しくのどを鳴らします。それは激しい唸り声のようにも聞こえるので、最初は「すわ権勢症候群の始ま りか!」と心配になったくらいですが、そんな状態の時でも「おいで!」と言えば唸りながら膝に飛び乗ってペロペロ舐めてくるし、色々な前後関係からどう解 釈してもネガティブではなくて、やはりポジティブな感情表現に違いないと思っています。今朝もひとしきり、私に抱かれて唸りまくり、マッサージを要求し続 けているうちに(私と同様マッサージが大好きなのです)、最後には喉がおかしくなって吐きそうになっていました。個性的で可笑しなコです。

9月14日 東京にて

空の雲も高くなり、大分秋らしい気候になってきました。季節の変わり目で体調を保つのにも努力が必要ですが、皆様はいかがお過ごしでしょうか?
昨日は静岡のAOI館でオール・メンデルスゾーン・プログラムのコンサートがあり、都響・沼尻氏の指揮で有名な方の「メンコン」を演奏しました。「有名な方」と書いたのは、ちょうど2週間前の日曜日にも秋田の「アトリオン室内オーケストラ」とメンデルスゾーンのもう一つのヴァイオリン協奏曲、13歳の頃の作品であるニ短調協奏曲を演奏したためです。
この初期の協奏曲は小ぶりの弦楽オーケストラで充分演奏でき、古典的な協奏曲の構造を踏襲した如何にも習作らしい作品ですが、それでもメンデルスゾーンの才気活発さはそこここで見ることが出来ます。例えば第3楽章の切れ味の良さなどは、ホ短調の第3楽章を彷彿とさせますし、同じ楽章の途中に出てくるカデンツァに至っては、正にアイディアとしてホ短調の有名なカデンツァの原型であることは間違いないと思います。(実際にコンサートで演奏をされる機会は少ない作品ですが、CDは何種類か出ていますので、興味を持った方は聴いてみてください。)
メンデルスゾーンはモーツァルトにも匹敵する早熟な「神童」だった訳で、有名な弦楽八重奏曲なども16歳の頃の作品です。そうやって見ていくと、有名なホ短調のヴァイオリン協奏曲は1847年に亡くなる3年前の1844年に書かれていて、いわゆる晩年の作品ということになります。「繊細で美しく、有機的な柔らかさに富み、まさに美しい宝石のような協奏曲」と私自身プログラムノートに書いたことがありますが、最近はそこに「精神の成熟した深さ、そしてドラマティックな構造から来る強さ」のような印象も強く持つようになりました。今回はそんな私の感じ方が強く出た解釈になっていたと思います。
いずれにせよ、どんな解釈であれ、自己満足で終わらせないようにすることはいつでも肝に銘じていければいけません・・。

帰りの新幹線で雑誌のAERAを買って読みました。偶然にも、私の教えている秋田の国際教養大学(AIU)が大きく取り上げられていました。「不況にも強い大学」で全国第2位。特集の2ページ目に出ている小川君は今年の春、私の授業にも出てくれていました。なかなかキリっと写っていて、これからもその調子で頑張ってもらいたいと思います。他にも私の授業を取っていた学生で、私達教員グループの畑の隣で学生のグループで畑を作っている子もいましたし、AIUはユニークでしっかりした学生を多く見かけます。
アメリカなどでは、地方の小さな都市や町に大学があり、自然に囲まれた環境で勉強に励んだり友人達やその地域のコミュニティーと深く関わったりしますが、日本でもそのような傾向がこれから強くなっていくのではないかと思います。やはり、独創的な人間が必要な時代になってきて、周りに囚われないで、もっと自分で考えて行動する思考をもった人間が増えれば、また新しい世界が開けるのではないでしょうか?
AIUの卒業生にも期待したいと思います。

9月14日 東京にて

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