2017年6月14日 「レコーディングに寄せて」

フェイスブックを使うようになってから、このブログ欄に書くことが少なくなっていましたが、ウェブサイトのリニューアルを契機に、発信頻度を増やしていけたらと思っています。まずは、リニューアル後の第一弾として、45日にリリースした新譜「AIR&DANCE on Violin」のことを書きたいと思います。リリースから2ヵ月が経ちましたが、お陰様で「レコード芸術」の特選盤、「モーストリークラシック」「音楽現代」などの音楽誌の高い評価のほか、「オーディオアクセサリー」「ステレオ」「MJ」などのオーディオ誌のレビューでも高評価を頂いています。


5年ぶりのこのCDでは、名曲集としての選曲にも工夫を凝らし、19世紀の半ばから20世紀前半にかけての音楽史をこの1枚で俯瞰できるようなユニークなプログラミングになっています。その辺りの経緯を詳しく述べていますので、ブックレットに載せた私の文章をここに転載いたします。




レコーディングに寄せて

                           

前回の無伴奏曲集の録音から5年が経ちましたが、名曲集を録音したいとずっと頭の中で計画を温めていました。ここにようやく実現できたことを嬉しく思います。


名曲集といっても、かなりユニークな、私らしい選曲になったと自負しています。エルガーやクライスラー、ラヴェルやバルトークなど、既に多くの演奏家が録音しているポピュラーな名曲から、リヒャルト・シュトラウスやラヴェルの《子守歌》、ショスタコーヴィチの《3つの幻想的舞曲》など、一般には馴染みのない曲も含んでいます。このプログラムを作るために、私がどのような考えをたどっていったか、それを書いてみようと思います。


19世紀後半から20世紀前半のヨーロッパは変化の時代でした。18世紀末に起こったフランス革命、産業革命などにともなう社会構造の激しい変革の波を受けながら、イギリス、フランス、ハプスブルクのオーストリア=ハンガリー、そしてドイツの列強がヨーロッパの覇権を争っていました。東には強大なロシア、そしてオスマン帝国のトルコもこの争いに加わりました。長きに渡る婚姻政策によって広大な領域を支配し、ヨーロッパの中心に君臨してきたハプスブルクは、第一次世界大戦後に消滅するまでの間、多民族国家として内部の分裂に苦しみつつも、芸術面ではウィーンを中心に美しい華を咲かせます。この世紀末の時代を、今回のプログラムの出発点としました。


優雅なウィーンのワルツ、それはクライスラーの《ウィーン奇想曲》、《美しきロスマリン》に聞くことができます。同時に、ウィーンには《ジプシーの女》のように、ハンガリーやスラブの情緒も深く根を下ろしているのです。スラブ系文化圏のロシアからはチャイコフスキーの美しく抒情的な《メロディ》、同じロシアでも20世紀に入りショスタコーヴィチの《3つの幻想的舞曲》になるとフォークロア的でグロテスクな滑稽さも加わります。《ロマンス》は映画音楽用に書いたもの、そしてプロコフィエフもまた洗練された歌を聞かせてくれます。


1911年、リヒャルト・シュトラウスは世紀末的な豪華絢爛な世界を描いたオペラ「ばらの騎士」をドレスデンで初演、大成功を収めます。彼の華麗な管弦楽的色彩をヴァイオリンとピアノ用に編曲したのが《「ばらの騎士」のワルツ》です。彼の《子守歌》には、ピアノ伴奏の華やかなアルペジオと相まって、他の子守歌にはない艶やかさを感じます。


1918年にハプスブルク帝国が崩壊しますが、実はそれ以前から中のスラブ系民族やハンガリーが独立を求め、小競り合いを繰り返していました。民族独自の音楽的な表現を求める機運も高まってきました。バルトークは1906年からハンガリー王国の農民たちの歌を採取記録します。実際に記録したものから譜面に起こし、作品として完成させたのが《ルーマニア民俗舞曲》です。この録音では、西洋の記譜法では表記できないリズムの素朴な揺らぎを表現したつもりです。


《ツィガーヌ》は、ラヴェルの創造によるジプシー(ロマ)の歌です。ロマの音楽家は社会に溶け込まず、貧しい大道音楽家として生計を立てていたと思われがちですが、ロマの音楽家の中には、西洋の理論に基づいた音楽技法を学び、社会の中で成功を収めた者も多くいたようです。19世紀末にヨーロッパで大人気を博したハンガリー楽団も、実は西洋的な教育を受けた音楽家たちが、商業的な目的で作曲し演奏していましたから、当時のアメリカのジャズ楽団の多くが白人によって演奏されていたことと似ています。ですから、この作品も時代のトレンドの産物とも言えるでしょうが、ラヴェル自身はバスク人の血を引いており、ハンガリーのロマの文化に興味を持っていました。着想してから2年の歳月を費やしただけに、ご本人のお気に入りの名曲であり、ヴァイオリンの華やかさと魅力が十分に発揮されています。《フォーレの名による子守歌》もツィガーヌと同じ頃に書かれていますが、ミュートを使った音色と繊細な和声的色彩が印象深い作品です。


イギリスの作曲家エルガーの《愛のあいさつ》は、私も演奏会のアンコールによく取り上げますが、19世紀後半に書かれたのびやかで美しい名曲です。この曲集の中でも筆頭の有名曲でしょう。パガニーニの《モーゼ幻想曲》も私のお気に入り、ヴァイオリンの一番低い弦、G線だけで弾かれる超絶技巧とオペラ的な旋律美で、ガルネリ・デルジェスの低弦の魅力を存分に聞いていただけると思います。


この録音で江口玲さんの演奏しているピアノは、ホロヴィッツの使用したスタインウェイで、大変個性的な音色を持っています。このプログラムを民族的な角度から捉えるとき、この音色が一つの方向性をもった魅力を添えているのではないかと思います。例えば、ラヴェルの《ツィガーヌ》で、ヴァイオリンの独奏後に入ってくるピアノの、ツィンバロンを打ち鳴らすような独特の音色は、これまでにないイメージを創出しています。


以上のような経緯をたどって、今回のプログラムを構築、録音しました。因みに、日本では19世紀半ばの開国以来、欧米との交流が盛んになり、その後の学校教育や軍楽隊、演奏会の興隆によって、今のクラシック音楽を愛好する文化が築かれたわけです。そのような歴史にも思いを馳せながら、この名曲集の「歌心」を感じていただければ嬉しく思います。


渡辺玲子


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 寒さも本格的になってきました。皆様、いかがお過ごしでしょうか。

 2012年の7月よりFacebookを始めたためか、ブログの方はすっかりご無沙汰してしまっていますが、ここで少し最近のご報告をしたいと思います。

 秋は例年のごとく、秋田の国際教養大学での45時間にわたる集中講義をこなしながら、コンサートも東京をはじめ山口、石川、秋田、名古屋の各県で行いました。先月(11月)には、2年前にアトリオン音楽ホールと日本音楽財団の協力を得て始めた年一回の「青少年のためのレクチャー・コンサート」も3回目を迎え、また秋田県外での同シリーズも始まりました。

 秋田でのこれまでの3回は、第1回「音楽における愛のかたち」、第2回「大作曲家たちの友情と反目」、そして3回目の今回は「音楽の楽しみ」と題して、文学や絵画と音楽の表現における結びつき方や、音楽の根源的なかたちともいえる舞踏との繋がりについてのプログラムにしました。音響の素晴らしいコンサートホールで音楽を聴くということは、CDや身近で音楽を楽しむこととは違い、楽器の音の美しさや魅力と共に、演奏者と聴衆との双方コミュニケーションが特別な空間で経験できるという大切な機会と信じていますので、今後もこの特色を生かした青少年のためのシリーズとして、定着+広げて行けるように努力したいと思っています。

 数日前の12月13日、東京の米国大使館公邸で、TOMODACHIイニチアチブを記念してキャロライン・ケネディ大使主催のレセプションが行われ、政財界の名士の方々やメディアなど、約300人が出席されました。私もエルンストの「夏の名残のバラ」を演奏しました。TOMODACHIイニチアチブとは、東日本大震災後の日本の復興支援から生まれ、教育・文化交流、起業支援、指導者育成といったプログラムを通して、日米の次世代のリーダーに投資する官民パートナーシップです。このプログラムに参加した子供たちも招かれて、立派なスピーチをしていました。

 ケネディ大使は、私の演奏しているストラディヴァリに大変興味を持たれ、演奏後楽器をお見せしながら、その歴史や使われている木材についてなどの説明をしました。その時の写真を掲載します。

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 昨晩秋田にきましたが、すっかり一面雪景色となっています。大学の講義は既に終え、明日の期末試験を残すのみとなりました。年末にはすべて方付けて、東京に戻ります。





 11月6日(火)秋田のアトリオン音楽ホールにて、昨年に引き続いて2回目の青少年のためのレクチャーコンサートを、日本音楽財団とアトリオンホールのスポンサーで行いました。
 昨年は「音楽における愛のかたち」というタイトルで、モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ(母への愛)やベートーヴェンのスプリング・ソナタ(自然への 愛)、バッハのシャコンヌ(妻への愛)などを含むプログラムでしたが、今年は「大作曲家たちの友情と反目」というタイトルで、以下のようなプログラムで行 いました。参加した高校生に配布するライヴCDのブックレット用の解説文を執筆いたしましたので、転載いたします。
 
青少年のためのレクチャーコンサート
「大作曲家たちの友情と反目」

 1. 歴史的な三角関係
   ロベルト・シューマン:"F.A.E."ソナタから第2楽章「間奏曲」
   ブラームス:"F.A.E."ソナタから第3楽章「スケルツォ」
   クララ・シューマン:3つのロマンスOp.22から第3番
 2. ヴァイオリンを弾く悪魔とピアノの巨人--世紀の2大ヴィルトゥオーゾ
   パガニーニ:無伴奏ヴァイオリンのための24のカプリスから第20番
   リスト編曲/シューマン:献呈
 3. ラヴェルとガーシュイン
   ラヴェル:ヴァイオリン・ソナタから第2楽章「ブルース」
   ガーシュイン(ハイフェッツ編):歌劇「ポギーとベス」より「サマータイム」
 4. 演奏家と作曲家--最も有名なヴァイオリンの名曲集
   サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソ Op.28
   サラサーテ:ツィゴイネルワイゼン Op.20 
 
プログラム概要
 17世紀から大バッハの亡くなる1750年頃までを「バロック音楽」と総称しますが、ヴァイオリンという楽器は17世紀後半に大体今の形に完成され、バロック音楽における花形として大活躍をしました。私が演奏している「ムンツ」も、1736年にイタリアで作られ、その後の時代の流れの中で小さな改良が加えられただけで、現在の4000人収容の大ホールでもマイクを使わない生の音で美しく鳴り響いています。楓と松で作られた小さな箱が、300年も変わらずに美しい音を響かせ続けているということは、まさに音響学的な奇跡といえる楽器です。
 一方、ピアノは、バロックの時代にはまだ存在しませんでした。当時の鍵盤楽器は、オルガンやチェンバロで、バロックの末期に今のピアノの前身にあたるものが幾つか発明され、以後改良が重ねられて、20世紀に入りやっと今の形になりました。現在のピアノはオーケストラの曲もピアノ一台で演奏できてしまうほど、音域も広く機能的な楽器です。
 
 今回のレクチャーコンサートは、「大作曲家たちの友情と反目」というタイトルで、19世紀から20世紀の初頭にかけての作曲家を中心に、彼らの人間関係やそのエピソード、音楽的な影響などを見ていきます。
 シューマン夫妻とブラームスは、音楽史上でも最も有名な友情関係の一つです。シューマンは家を訪ねてきたブラームスの天才を見抜き援助を惜しまず、一方ブラーム スもそのことでロベルト・シューマンに心から感謝し、数年後にロベルトが亡くなった後も尊敬し続けました。ロベルトの妻クララも天才ピアニストで、演奏活 動の他に幾つかの作品も残しています。ブラームスと恋愛関係にあったという説もありますが、いずれにしても音楽家としてお互いに理解し尊敬し、時々の不和 はあったものの、19世紀末に二人が亡くなるまで友情関係は続きました。
 18世紀までは、王や貴族の館、教会、オペラハウスに限定されていた演奏会でしたが、19世紀に入ると一般の市民を対象にした興行としてのコンサートが盛んになり ます。そこで「ヴィルトゥオーゾ」と呼ばれるスーパースター演奏家が登場します。パガニーニとリストは、その代表格。特にパガニーニはその悪魔的な風貌か ら、多くの伝説が生まれました。ヴァイオリンを歌わせるメロディーの美しさに加えて、その驚異的な超絶技巧は、リストを始めとした同時代の音楽家は勿論の こと、後世の作曲家たちにインスピレーションを与えました。
 1920年代に世界的に流行し始めたのがジャズ。「ボレロ」でよく知られているフランスの作曲家ラヴェルもジャズの要素を積極的に取り入れていて、1927年作のヴァイオリン・ソナタの第2楽章は「ブルース」。ブルースとは「ブルーノート」と呼ばれるジャズの独特の半音下げた音(音階の第3と第7音など下げる)を用い、独特の憂鬱な(ブルーな)色彩を演出します。1927年にアメリカ演奏旅行をしたラヴェルは、ニューヨークのカーネギーホール でガーシュインに会います。ガーシュインは既に「ラプソディー・イン・ブルー」でジャズの寵児になっていて、ラヴェルに伝統的な作曲法の教えを請います が、「一流のガーシュインになったのだから、二流のラヴェルになることはない」と断られます。その後ジャズも色々な方向に変化していきますが、この辺りの 歴史は複雑で、かつ興味の尽きないところでもあります。
 名オルガ二ストでもあったサンサーンスは、IQが高く、幼少期から大変な神童でした。スペインの名ヴァイオリニスト、サラサーテに依頼されて作曲した「序奏 とロンド・カプリチオーソ」はスペイン風のリズムが散りばめられた名曲です。サラサーテ自身が作曲した「ツィゴイネルワイゼン」は、人間の声に最も近いと 形容されるヴァイオリンの音色の多彩な魅力を余すところなく伝えています。
 

2012年10月9日 ヴィヴァルディの「四季」

 国際教養大学での今年のレクチャーも三週目の講義に入っています。途中、京都や仙台でコンサートがあったため勿論中断を挟みながらですが、最初の1〜2週は基本的な音楽の仕組みと音楽史の流れを大まかに掴み、その後にバロックの協奏曲の様式を具体的に見ていきました。今回はヴィヴァルディの「四季」のソネットと音楽の関係の分析です。

 ストーリーを伴った標題音楽の歴史的に最も早い、そして最も成功した例であるヴィヴァルディの4つのヴァイオリン協奏曲「四季」は、これらを含む12の協奏曲集(Op.8)が副題として「和声と創造の試み」としているように、ヴィヴァルディの創造力の一大宝庫と言えます。バロック時代に用いられたイタリアの「コンチェルト」の形式を用いながらも、かなり自由に独創的に構築されています。

 「春」は、四季の中では比較的スタンダードな形式に従っていると言えますが、ホ長調の持つオープンな輝かしさと、最初のオーケストラ主題でDominant(音階の第5音)に向かって突き抜ける旋律の力強い跳躍の繰り返しが春のエネルギーを感じさせます。続いて、鳥や風や小川の流れの描写、そして雷鳴を伴う稲妻の閃光のようなソロ・ヴァイオリンが、我々の耳をとらえて離しません。

 最もドラマティックなのは「夏」。第1楽章の冒頭から、一拍目の無い不安定な拍子をとり、夏の灼熱の太陽や激しい嵐を恐れる人々の不安な気持ちを表現します。3つの楽章を通してト短調という異例な設定、特に和声において多くのドラマティックな効果を用いています。一楽章の後半、「羊飼いの嘆き=The Countryman's lament」のところでは、「増4度=Tritone」という当時の音楽理論では使用を避けていた音程を何度も使用し、加えて半音階的下降、そして半音下げられた第2音(ナポリの6度)を散りばめ、嘆きの感情をドラマティックなまでに強調しています

 また、「夏」の一楽章最初のソロ・ヴァイオリンはカッコーの鳴き声を描写していますが、これは当時のヨーロッパでカッコーを不吉な鳥とみなし、カッコーを他の鳥に先立って聞くと、良くないことが起こるという迷信、これをなぞるように後から別の鳥が次々とさえずり、夏の終わり(第3楽章)に起こる大災難の予兆ともいえる設定になっているのです。

 以上、私のレクチャーの一部を紹介しました。「四季」に関する四時間の講義の全てを書くと長くなってしまいますので、このくらいにしておきます。

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2012年8月17日  The Murder of Crows

 この10日間ほど、ニューヨークのアート・シーンを満喫しています。先日新しく始めたFacebookページ http://www.facebook.com/reikowatanabevn にて軽くご紹介しましたが、NYの夏のモーストリー・モーツアルト・フェスティヴァルにおいて、今年から現代アートも取り入れた新しい試みが開始され、大きな成功を収めています。今回のフェスティヴァルの副題は「鳥」。12日に開かれたパネル・ディスカッション"The Music of Birds"や、現代作品を積極的に紹介するアンサンブルのコンサートの他に、「セントラル・パークの鳥を観察する散歩会」なども開かれ、チケットの売り切れが続出しています。

 私も残念なことにこのセントラル・パークの鳥を観察する興味深い散歩には参加できませんでしたが、パーク・アヴェニューのArmoryで行われている「音による演劇」(=Sound Play)にとても強い印象を受けました。

 Armory(=武器庫、兵士の訓練施設)の薄暗く巨大な空間に、98のスピーカーが座席の周りを囲むように並べられ、その真ん中に置かれた蓄音機型の拡声器から流れるナレーションの電気を通した現実感のない女の声と共に、駆け抜ける足音、ドアのきしむ音、そして臨場感にあふれたオーケストラの演奏音に浮遊するような不思議な世界が頭のなかに広がっていきます。実際のオーケストラや出演者は一人も現れず、全て取り囲む98のスピーカーを通した音で、立体的に我々に届けられるのです。

 タイトルは"The Murder of Crows". 夢のなかで起きた不吉な出来事、論理的には語れない不思議な体験を、音によって各自の頭のなかに自己体験するかのように強烈に再現する。改めて音のもつ限りない複雑さや自由さ、感情に対する強い影響力を感じた作品でした。

 Janet CardiffとGeorge Bures Millerによる2008年の作品で、9月9日まで上演されています。ところで、7月に埼玉の芸術劇場で観たコンテンポラリー・ダンス・グループNoismの新作「Nameless Voice?水の庭、砂の家」でも同じような拡声器を通した声が全編を通して使われていて、独特の非現実性のようなものを創り出していたことを思い出しました。

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2012年8月5日 新秋田県立美術館

 先週、一日だけ秋田へ行って来ました。帰りの飛行機まで少し時間の余裕があったので、秋田市内に新しく建てられた県立美術館へ。藤田嗣治作の巨大な壁画「秋田の行事」などが、向かいの平野政吉美術館から来年秋引越してくる予定なのですが、現在は暫定オープン期間で建物だけが公開されています。安藤忠雄氏の建築で、2012年6月に竣工。

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 これは、美術館2階のカフェから撮ったもので、向かいに微かに見える特徴的な屋根が平野政吉美術館。新しい美術館は東京ミッドタウンのように商業施設と美術館の複合体ですが、こちらはかなりローカル色が濃くて規模は小さいものの、水と緑を生かした秋田らしい空間を楽しむことができます。この数日間は秋田市内は竿灯祭りで大いに盛り上がっていることでしょう。

2012年7月28日 沖縄と東京と

 7月19日の無伴奏リサイタルは、お陰様で完売となり、大勢の方に聴いて頂くことができてとても嬉しく思いました。ご来聴くださった皆様、本当にありがとうございました。終演後のCDサイン会にも、多くの方が参加してくださり、ありがたく思っています。

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終演後のサイン会


 その数日前、7月13日には、生まれて初めて那覇に降り立ちました。今年は沖縄返還40周年、広上淳一指揮のNHK交響楽団が、7月14日沖縄の市民会館で記念コンサートを行い、私もチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲で共演しました。地元の中学生がプログラムの最後に沖縄のうたの合唱でN響に加わるなど、大変楽しく盛り上がったコンサートでした。沖縄のうたは明るく温かく穏やかで、心に染み入ります。その歌を聴きながら歴史を考えると、複雑な思いになりました。
 終演後は、三線とうたを披露してくれる有名なお店で打ち上げでした。そこで指揮者の広上さん、N響や沖縄県庁の方々など、参加者で撮った写真を添付します。

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2012年7月7日 ストアイヴェント

 今日のタワーレコード渋谷店&新宿店でのミニライヴ&サイン会では、大勢に方にお越しいただきまして、嬉しく思いました。雨模様の中、駆けつけてくださった皆様、ありがとうございました。

 久しぶりのサイン会でしたので、どのくらいの反響があるか不安でしたが、心強い応援をいただき感謝しています。19日のリサイタルに向けて2週間を切りましたが、そこでもまた皆様にお目に掛かれますように。

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2012年7月6日 ドレスのこと

 6月29日から7月5日までの一週間、今度初参加する「仙台クラシック・フェスティバル」の公式サイトでのブログを担当しました。その中で、7月4日にドレスのことについて書いた件、興味を持ってくださる方も多いかと思いましたので、こちらにも掲載いたします。

以下転載:

 ステージに立つ人は皆衣装選びにかなりのエネルギーを使っているでしょうが、私も例外ではありません。ニューヨークで毎年数か月を過ごしていますが、まずは自分のアパートに落ち着いて、数日の内にはいつも決まったブティックにコンサート用のイブニングドレスを見に行きます。ヴァイオリンの場合は、肩の辺りに楽器を傷つけるようなラインストーンやビーズなどが付いていないこと、腕の動きが制限されてしまうような袖やスタイルではないこと、などの基本的な条件に加えて、演奏する曲のイメージに合うか、色などの季節感はどうか、ステージ映えするようなカットか、などと考えながら選びます。

 先日の文化会館では、新しく購入した緑のドレスを着用しましたが、カットも色も好評だったので嬉しく思っています。この新しいドレスには実はエピソードがあって、丁度アメリカの映画の祭典「オスカー」の授賞式がある2月に、在庫のあったロスの支店からいつものニューヨークのお店に取り寄せてもらうことになっていました。ニューヨークには在庫がなく、カタログで気に入ったのでオーダーしたのですが、数週間待っても届かず、結局オスカー授賞式の行われた数日後になって、やっと届きました。オスカーが終わるまで、ブティックとしては全ての可能なドレスをロスに留め置いた、ということだったようです。私は既に日本に帰らなければならず、結局取り置いてもらって改めて5月にニューヨークでピックアップしました。

 いずれにしても、オスカーのような世界的な祭典は、私のドレス購入計画にも影響を与えたのだ、ということに感慨もひとしおでした。ところでドレスのことは毎回ステージで見ていただくまで秘密にしているので、写真は省略します。

2012年5月13日 メトのシャンデリア

 昨晩はニューヨークのメトロポリタン・オペラの今シーズン最後の公演に行って来ました。演目はベンジャミン・ブリテン(1913-76)の「ビリー・バッド」。体調があまり良くない状態で、夜9時開演の3時間近いオペラを聴きに行くには、かなりの覚悟が必要です。薬で頭痛を抑えながら、それでも第一幕の一時間半の間に「二幕は聴かずに帰ろうか・・」と何度思ったことか。オペラは作曲家にとっても長丁場。必ず最終幕に渾身のアリアやクライマックスを入れてくるはずだから、それを逃したら何の意味もないと思い、頑張って最後まで聴きました。やはり聴いておいて正解でした。メルヴィルの同名の小説により、若くてハンサムで善良なビリーが海軍に入り、そこで彼に対する上官の悪意に巻き込まれ、その上官を殴り殺してしまい、最後は絞首刑になるというストーリー。オペラの最後の場面は、歳をとった艦長がビリーの命を救えなかった(救わなかった)ことを後悔しながら当時を振り返り、ビリーが死刑になる直前に艦長を祝福したことに心の救いを見出す、音が消え、幕が静かに降りる、というもの。その辺りの心理的な葛藤の描写が全編を通して難しく、ブリテンは随分悩んだのではないかと推察します。1951年に4幕のオペラとしてロンドンのコヴェント・ガーデンで初演、1960年には2幕に改訂しています。メルヴィルの原作も、是非読んでみようと思います。

 ところで自分で何気なく書いていて気づいたのですが、私はオペラを「聴きに」行くみたいですね。よくコンサートを「見に行く」という方がいますが、私はオペラでも「見る」に比べて「聴く」が中心になるようです。


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(写真1)終演後のカーテンコール


IMG_0176.JPG (写真2)ロビーのシャンデリア

 ところで、2011年2月のブログで「福岡のアクロスとニューヨークのメトのシャンデリアが良く似ているが、同じメーカーの作品と聞いて納得」と書きました。今回さらに調べてみたところ、それがウィーンのJ.&L.Lobmeyr(ロブマイヤー)という工房であり、福岡のアクロスやロシアのクレムリン宮殿のホール、クウェイトの宮殿、さらにはウィーン国立歌劇場やザルツブルグの劇場もこの工房の作ったシャンデリアです。

 調べている中で、2008年の夏にメトがシャンデリアのすべて(ロビーに11個、劇場内に21個)を取り外し、ウィーンの工房に送って、クリスタルなどの部品をすべて新しいものに取り換えるという大掛かりなプロジェクトについての当時の記事をニューヨーク・タイムスに見つけました。
http://www.nytimes.com/2008/07/18/nyregion/18chandelier.html?_r=1

 記事によると、2008年夏、これらのシャンデリア(最大のものは幅が6メートル近い)が取り付けられて以来初めて解体されて15の箱に丁寧に梱包され、ケネディー空港から3機の飛行機に分乗してウィーンに送られる。10週間に渡って、49000個のスワロフスキーのクリスタルが新品に取り換えられ、木やメタルでできた球体(スプートニクと呼ばれている)や放射線を模った部分がオーバーホールされる。一億円以上かかるこの大プロジェクト、スワロフスキー社からの寄付で可能になり、2008年9月22日のメトの125年目のシーズンのオープニングに合わせて進められる。もともとこのシャンデリアはオーストリア政府から戦後の復興に対するアメリカの協力に感謝し、1966年のメトのリンカーンセンターへの移転時に献呈されたもの。これほどの大掛かりではないけれど、毎夏これらのシャンデリアはきれいにクリーニングされる。


長い記事で、その他色々詳しく書いてあります。例えば今では工房の伝説になっている逸話;建築家のハリソンからビッグバン理論の本を贈られた当時の工房主は、この理論にインスピレーションを得て、宇宙が出来上がっていく様子をメトのガラスとメタルのシャンデリアで表現した、というもの。芸術作品の創造過程の裏話はどれも面白いですね。

J.&L.Lobmeyr社の歴史が日本語で詳しく書いてあるサイトを見つけましたので、参考までに。http://bamboo-bar2.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/1822_713e.html