2017年6月アーカイブ

2017年6月14日 「レコーディングに寄せて」

フェイスブックを使うようになってから、このブログ欄に書くことが少なくなっていましたが、ウェブサイトのリニューアルを契機に、発信頻度を増やしていけたらと思っています。まずは、リニューアル後の第一弾として、45日にリリースした新譜「AIR&DANCE on Violin」のことを書きたいと思います。リリースから2ヵ月が経ちましたが、お陰様で「レコード芸術」の特選盤、「モーストリークラシック」「音楽現代」などの音楽誌の高い評価のほか、「オーディオアクセサリー」「ステレオ」「MJ」などのオーディオ誌のレビューでも高評価を頂いています。


5年ぶりのこのCDでは、名曲集としての選曲にも工夫を凝らし、19世紀の半ばから20世紀前半にかけての音楽史をこの1枚で俯瞰できるようなユニークなプログラミングになっています。その辺りの経緯を詳しく述べていますので、ブックレットに載せた私の文章をここに転載いたします。




レコーディングに寄せて

                           

前回の無伴奏曲集の録音から5年が経ちましたが、名曲集を録音したいとずっと頭の中で計画を温めていました。ここにようやく実現できたことを嬉しく思います。


名曲集といっても、かなりユニークな、私らしい選曲になったと自負しています。エルガーやクライスラー、ラヴェルやバルトークなど、既に多くの演奏家が録音しているポピュラーな名曲から、リヒャルト・シュトラウスやラヴェルの《子守歌》、ショスタコーヴィチの《3つの幻想的舞曲》など、一般には馴染みのない曲も含んでいます。このプログラムを作るために、私がどのような考えをたどっていったか、それを書いてみようと思います。


19世紀後半から20世紀前半のヨーロッパは変化の時代でした。18世紀末に起こったフランス革命、産業革命などにともなう社会構造の激しい変革の波を受けながら、イギリス、フランス、ハプスブルクのオーストリア=ハンガリー、そしてドイツの列強がヨーロッパの覇権を争っていました。東には強大なロシア、そしてオスマン帝国のトルコもこの争いに加わりました。長きに渡る婚姻政策によって広大な領域を支配し、ヨーロッパの中心に君臨してきたハプスブルクは、第一次世界大戦後に消滅するまでの間、多民族国家として内部の分裂に苦しみつつも、芸術面ではウィーンを中心に美しい華を咲かせます。この世紀末の時代を、今回のプログラムの出発点としました。


優雅なウィーンのワルツ、それはクライスラーの《ウィーン奇想曲》、《美しきロスマリン》に聞くことができます。同時に、ウィーンには《ジプシーの女》のように、ハンガリーやスラブの情緒も深く根を下ろしているのです。スラブ系文化圏のロシアからはチャイコフスキーの美しく抒情的な《メロディ》、同じロシアでも20世紀に入りショスタコーヴィチの《3つの幻想的舞曲》になるとフォークロア的でグロテスクな滑稽さも加わります。《ロマンス》は映画音楽用に書いたもの、そしてプロコフィエフもまた洗練された歌を聞かせてくれます。


1911年、リヒャルト・シュトラウスは世紀末的な豪華絢爛な世界を描いたオペラ「ばらの騎士」をドレスデンで初演、大成功を収めます。彼の華麗な管弦楽的色彩をヴァイオリンとピアノ用に編曲したのが《「ばらの騎士」のワルツ》です。彼の《子守歌》には、ピアノ伴奏の華やかなアルペジオと相まって、他の子守歌にはない艶やかさを感じます。


1918年にハプスブルク帝国が崩壊しますが、実はそれ以前から中のスラブ系民族やハンガリーが独立を求め、小競り合いを繰り返していました。民族独自の音楽的な表現を求める機運も高まってきました。バルトークは1906年からハンガリー王国の農民たちの歌を採取記録します。実際に記録したものから譜面に起こし、作品として完成させたのが《ルーマニア民俗舞曲》です。この録音では、西洋の記譜法では表記できないリズムの素朴な揺らぎを表現したつもりです。


《ツィガーヌ》は、ラヴェルの創造によるジプシー(ロマ)の歌です。ロマの音楽家は社会に溶け込まず、貧しい大道音楽家として生計を立てていたと思われがちですが、ロマの音楽家の中には、西洋の理論に基づいた音楽技法を学び、社会の中で成功を収めた者も多くいたようです。19世紀末にヨーロッパで大人気を博したハンガリー楽団も、実は西洋的な教育を受けた音楽家たちが、商業的な目的で作曲し演奏していましたから、当時のアメリカのジャズ楽団の多くが白人によって演奏されていたことと似ています。ですから、この作品も時代のトレンドの産物とも言えるでしょうが、ラヴェル自身はバスク人の血を引いており、ハンガリーのロマの文化に興味を持っていました。着想してから2年の歳月を費やしただけに、ご本人のお気に入りの名曲であり、ヴァイオリンの華やかさと魅力が十分に発揮されています。《フォーレの名による子守歌》もツィガーヌと同じ頃に書かれていますが、ミュートを使った音色と繊細な和声的色彩が印象深い作品です。


イギリスの作曲家エルガーの《愛のあいさつ》は、私も演奏会のアンコールによく取り上げますが、19世紀後半に書かれたのびやかで美しい名曲です。この曲集の中でも筆頭の有名曲でしょう。パガニーニの《モーゼ幻想曲》も私のお気に入り、ヴァイオリンの一番低い弦、G線だけで弾かれる超絶技巧とオペラ的な旋律美で、ガルネリ・デルジェスの低弦の魅力を存分に聞いていただけると思います。


この録音で江口玲さんの演奏しているピアノは、ホロヴィッツの使用したスタインウェイで、大変個性的な音色を持っています。このプログラムを民族的な角度から捉えるとき、この音色が一つの方向性をもった魅力を添えているのではないかと思います。例えば、ラヴェルの《ツィガーヌ》で、ヴァイオリンの独奏後に入ってくるピアノの、ツィンバロンを打ち鳴らすような独特の音色は、これまでにないイメージを創出しています。


以上のような経緯をたどって、今回のプログラムを構築、録音しました。因みに、日本では19世紀半ばの開国以来、欧米との交流が盛んになり、その後の学校教育や軍楽隊、演奏会の興隆によって、今のクラシック音楽を愛好する文化が築かれたわけです。そのような歴史にも思いを馳せながら、この名曲集の「歌心」を感じていただければ嬉しく思います。


渡辺玲子


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